
沖縄を「ホワイトハッカーの楽園」に。
IPOを目指すセキュアイノベーションへの支援とは
法人向けIT製品の比較・資料請求サイト「ITトレンド」などを展開する株式会社イノベーションは、
投資顧問会社であるハヤテインベストメント株式会社と共同設立したコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)
「INNOVATION HAYATE V Capital(IHVC)」を通じ、スタートアップ企業に対するハンズオン支援に取り組んでいます。
2022年のCVC設立以来、デジタル技術や革新的なビジネスモデルで世の中の『働く』を変えるスタートアップに出資し、
現役経営者が“同志”の立場で相談に応じるスタイルは、IHVCの特徴となっています。
そこで今回は、IHVCメンバー・支援先トップの双方にインタビュー。経験者の知見を生かして進める上場準備の現況や、
そこで大切にしている価値観について聞きました。
MEMBER
今回の出席者

栗田 智明 氏
株式会社セキュアイノベーション 代表取締役
以下「栗田」
早稲田大学政治経済学部を卒業後、株式会社朝日新聞社の事業開発本部で、新規事業の立案、映像やイベントの製作業務を経験。1998年に沖縄に渡り地域おこしや起業などさまざまな経験を経て、2004年にモバイル&メディア事業をグローバルに展開する株式会社インデックスと沖縄電力株式会社の合弁会社である株式会社インデックス沖縄の代表取締役に着任。インターネットデータセンター事業、BPO・コールセンター事業、システムソリューション事業、webクリエイティブ事業などを展開。その後、親会社の変更に伴い同社の社名を株式会社ドリーム・アーツ沖縄へ変更。2015年に株式会社ドリーム・アーツ沖縄の代表取締役を退任後、同年10月に沖縄県でサイバーセキュリティを手がける株式会キュアイノベーションを創業し代表取締役に就任。沖縄を拠点として全国にサービスを展開するセキュリティ専業ベンダーとして、「SOC」「セキュリティ診断」を事業の中核としながら、SIEMやEDR、IoT・車載セキュリティ等の顧客ニーズに沿ったサービスをラインナップし、培ったノウハウから自社製品の開発・販売も推進している。

山﨑 浩史
株式会社イノベーション 取締役 /
株式会社シャノン 代表取締役CEO /
株式会社セキュアイノベーション 監査役
以下「山﨑」
早稲田大学第一文学部を卒業後、株式会社クラレで人事労務、総務を担当。トランスコスモス株式会社管理本部長、株式会社ザッパラス専務取締役、同社常勤監査役、株式会社バロックジャパンリミテッド専務取締役 最高戦略責任者などを経て、2018年6月に株式会社イノベーション取締役CFOに就任。同社による連結子会社化に伴って2025年4月、株式会社シャノンの代表取締役CEOに就任。株式会社セキュアイノベーション(2023年6月から現任)を含む、スタートアップ4社の監査役も務める。
沖縄をホワイトハッカーの楽園にしたい
─ IHVCのメンバーを自社に迎えている栗田さんからまず、会社の事業とご自身についてお聞かせください。
栗田:私はサイバーセキュリティに専門特化したIT企業である、株式会社セキュアイノベーションの代表取締役を務めています。
現在の柱は、インシデントに備えた監視・運用業務を受託するSOC(セキュリティ・オペレーション・センター)と、脆弱性診断などのテスト系事業で、100人いる社員の8割以上が、本社のある沖縄で働いています。
またサイバーセキュリティ分野では従来、世界的ベンダーの高額なツールが広く利用されてきましたが、私たちは技術力の向上と実効的なソリューションの提供を目指して、重要機能に絞った独自製品の開発提供も進めています。
─ 人員配置でみると、圧倒的に「沖縄に根ざした会社」ですね。
栗田:はい。ただ、お客様は北海道から九州まで全国に分散していて、県内からの売上は2割程度。いわゆる“外貨”を稼ぎ、地域の産業発展に貢献することを大切にしています。
私自身はもともと名古屋出身で、学生時代から東京暮らし。新卒以来、ずっと新規事業開発に携わってきました。その中で沖縄と縁が生まれ、2004年からは現地と東京の企業の合弁によるIT企業の代表を、およそ10年間務めました。
この間にコールセンターやバックアップセンターの進出が相次いだ沖縄はIT産業の集積が進んだ半面、業務の多くは価格勝負で労働条件にも課題がありました。高付加価値産業にシフトする行政主導のプロジェクトもみられた一方、本土から参画する企業の多くは期間満了とともに引き揚げてしまい、なかなか産業が沖縄に根付かない点も問題でした。
一方で、沖縄出身の妻と居を構え、沖縄弁ネイティブの子どもにも恵まれた私は、「この土地で生きる意味」を求めていました。末永く残り、良い影響を与えられる企業を作りたいという思いが募る中、地元財界、さらに関西のサイバーセキュリティ企業の方から共感と応援をいただき、思い切って2015年に、当時47歳で今の会社を立ち上げました。
─ IT業界は全国的な人手不足と聞きますが、沖縄での採用は順調でしょうか。
栗田:当初はUターンが大半でしたが、幸い徐々に会社の認知度が高まってきた現在は、沖縄拠点の3割をIターン移住者が占めるまでになり、より広い層を獲得できています。
サイバーセキュリティは比較的専門性が高く目立たない分野ですが、興味がある人には、人気の移住地である沖縄で働けるポジションが魅力的に映るようです。フリーランスという選択肢もあるのでしょうが、単身移住してずっと自宅作業というのも、ちょっと味気ない。ですからオフィスで仲間と日夜スキルを磨ける環境は案外良いものらしく、入社半年時点で行う個人面談では、ほぼほぼ「楽しい」という感想が返ってきます。当社が社員の皆さんに「スキルアップすることができて仕事を楽しめる環境」を提供できていることは、私にとって非常に重要なんです。
引き続き、付加価値の高いサイバーセキュリティ分野で人材を育てて仕事を集め、沖縄を裾野が広くて頂点も高い産業集積地、いわば「ホワイトハッカー※の楽園」にしたいと考えています。
※ システムの脆弱性を発見できるスキルを悪用せず、改善に向けた報告・修正に生かす人のこと
「じゃあ手伝おうか」。3秒で即決、監査役に就任
─ 目下上場準備中で、2年内の実現に向けたカウントダウンに入ったとうかがっています。IPOを目指す狙いについてお聞かせください。
栗田:観光に続く基幹産業と期待されながら、沖縄から上場したIT企業はまだありません。そもそも全国展開、世界展開で成長を目指すタイプの地元企業が少ないので、自分たちがしっかり実績をつくり、「ここから世界に通用する」という証明、自信につなげたいという創業以来の思いが、まず大きいです。
全国展開の一環として内地での営業には力を入れてきましたが、サイバーセキュリティは信頼性第一である上、一目で分かるような差別化要素には乏しいです。そのため東京・大阪の名だたる大手と競うとき、遠い沖縄でやっている私たちにはどうしてもハードルがある。いろんな施策で乗り越えてきたものの、設立から数年間は本当に苦労しました。そこで上場を機に、会社の知名度・信用度をいっそう高めたいと考えています。
さらに、グローバルベンダーが圧倒的な力を持つ世界市場へ出ていくには、確かな研究開発力と、それを支える資金が欠かせません。そこで資金調達力の向上という意味でも、上場が一つのステップになると考えています。
─ セキュアイノベーション社内に上場準備室を設けたのが2022年で、監査役の1人として翌年、IHVCから山﨑を迎えたそうですが、出会いやいきさつを伺えますか。
栗田:山﨑さんは、実は大学時代のサークルの先輩でした。卒業して20年後、このサークルの記念行事で久々に再会し、かなり近い界隈で働いていると知ってからは、ときどき近況報告や相談をしていました。
今回の起業についても立ち上げた後でお話ししたのですが、当時私はいろいろな壁に直面し、経験不足で損をする目にも遭っていたので、「経営を相談できる人が誰かいませんか」と尋ねたんです。そしたらもう3秒くらいで「じゃあ、俺が手伝おうか」と。
一般的には役員なりコンサルティングなり、まず契約と費用をきっちり決めてご指導をお願いするような場面です。にもかかわらず形は二の次、最初から身内の付き合いのように入って考えていただいた。非常にありがたかったですね。
─ 相談相手を3秒で決め、その流れで監査役就任とは、ずいぶん素早い展開ですね。
山﨑:私は学生起業も経験した根っからの起業家気質なのですが、40代でITベンチャーの役員を務め、当時の東証一部に上場する経験もしたところで、自己実現としてのキャリアは「やりきった」感覚なんです。
そこからは起業支援や経営者のサポート、地方創生を本業にしたいと考え、興味関心が近しい富田(直人・株式会社イノベーション代表取締役社長CEO)の会社に経営陣としてジョインし、CVCのメンバーにも入って現在に至ります。
経営相談の話をいただく際には、できるだけ“中の人”として一緒に考えたいタイプであるとともに、現状でベストの布陣を私なりに考え、「そこに入ったほうがよいと思えたら自分を組み込む」つもりなので、特定のポストがあらかじめ決まったオファーは受けていません。
栗田さんとの話で即決できたのは、そういった私の関心や姿勢に「全部当てはまる」と感じたからです。サークルの後輩という点を抜きにしても「セキュアイノベーションという会社は今、IPO経験者が入って支援すべきだ」と直感したし、地方創生という意味でも、かつてコールセンター立ち上げで関わった沖縄の産業振興には、特別な思いがありました。
─ 営利事業であるCVCという形でも、個人の思いや共感が基礎にあるのですね。
山﨑:IPO企業の“中の人”だったケースだけで、私は過去4回上場に立ち会っています。達成までの道のりは各社さまざまでしたが、それでもIPOに臨むすべての起業家にとって重要なポイントは、確実にあると思っています。
しかもそれらは、決してありふれたイベントでない上場を、周囲のステークホルダーではない「自社」という当事者の立場で経験した人でなければ、うまく伝えきれない部分が非常に大きいと感じています。
IPOは、それなりの成功で安住もできたはずの起業家があえて社員・地域・社会の未来を考え、会社を公に開かれた存在に育て上げる挑戦だと私は思います。自己実現やお金より、そういう思いのために頑張る起業家を、同じ経営者として私は応援したいし、上場後も支援し続けたい。われわれのCVCはキャピタルゲインが第一目的ではありませんし、思いが本物かどうかは、行動を見ていればすぐ分かりますから。
迷ったら相談。経験が導くIPOの“最適解”
─ 今回を含めて何度か、スタートアップ支援に入るポジションとして「監査役」が選ばれています。一般には「生え抜きの温厚なベテラン」や「ルールに詳しい士業系プロフェッショナル」のポストという印象もあり、少し意外です。
山﨑:監査役は会社組織の一員でありながら、いざという時はトップに物申せる強い権限を併せ持つユニークなポジションです。なので社長を羽交い締めにする勢いで行き過ぎを止めることもできるけど(笑)、逆に安心して事業を加速できるよう、持続可能な社内管理体制を整える取り組みに協力することもできるんです。
ブレーキだけでない「加速するための経営管理」は、私が管理部門の役員だった20年以上前から実践してきたことですが、時として事業推進を妨げかねないように見えるさまざまなルールを正しく理解することが、実は事業を加速させることになるという信念を持っています。
そうした姿勢で臨める監査役候補者は現状かなり少なく、結果としてIPOの相談に応じた私自身で引き受ける例が多くなりましたが、理想を言えば「黒子的な存在ではあるけれども、バリバリの30代からでも加わるべきポジション」だと思います。
─ 経験者によるIPO支援というのは、具体的にはどのようなものでしょうか。
栗田:山﨑さんには週次のオンラインミーティングのほか、毎月沖縄で開く役員会にも出席いただいていますが、何より「迷ったら相談」ですね。日頃から、たくさんコミュニケーションをしています。
本格的な上場準備に入ると、やるべきことを一度に山ほど告げられるのですが、どこから手を付けるかという優先順位にしても、また上場後を見越した資本政策にしても、初めてだと分からないことが、正直多すぎるんです。
上場を経験した人も支援したことがある人も、沖縄では身近にほとんどおらず、ネットで調べても肝心なところは出てきません。そうした中で山﨑さんに相談し、その都度“最適解”を見つけています。まさに頼れる兄貴という感じですね。
山﨑:IPOに関する情報はビジネスになるので、東京ではアドバイスしてくれる人が多くいる上にセカンドオピニオンまで取れますが、三大都市圏以外は経験者を連れてくるなどしない限り、地元でそれらを完結するのは難しいと思います。
私自身は、役員でない会社も含めて常時10社程度の上場支援を並行しています。最前線にいる証券会社、監査法人の担当者と情報交換する機会も頻繁にあり、上場前後の実務でよく問題となる「ルールの解釈違いからのトラブル」は、実際の事例としてキャッチできています。「あらかじめ知っていれば、つまずかないで済むことはいっぱいある」というのが実感です。
─ ただ、相談の結果得られるのは“正解”ではなく“最適解”なのですね。
山﨑:そうです。栗田さんも含めて上場を狙う起業家には、既にかなえたい強い思いがあります。だからこそ突き進むのですが、理想を目指すあまり自分のことを犠牲にし過ぎたり、周囲が見えなくなって損したりしがちなんです。
これが落とし穴で、まっとうな思いで一生懸命やっている社長ほど、どこまでも深く落ちてしまうのを私は何度も見てきました。そこから這い上がってくる人もいますが、避けられる苦労なら避けたほうがよいはずです。
強い思いゆえに視野が狭まった瞬間をとらえて、相談相手がどう広げるか。「理想は分かるけれど、本当にその選択が最適なのか一度引いて見てみよう」と勧めれば、違う答えが見えてくるんです。
─ 成功体験のある経験者から言われたとおりにする、のではない。
山﨑:はい。たとえどんないいアドバイスをし、その場でやっても、翌日からやらなくなれば失敗します。だから無理に押しつけても仕方がなくて、その会社の社長なり社員の人たちが自分ごととして捉え、ちゃんと毎日実践できるかが重要です。
僕の経験した方法が常にベストとも限らないので、もっといいやり方があればその方がいいし、同じやり方でも、実際にやる人の思いが強いほど成功確率は上がると思います。私だって、上から押しつけられてやるのは嫌ですよ。自分の嫌なことを人にしちゃダメです(笑)。
栗田:山﨑さんとの話に部下も同席することがありますが、山﨑さんは私の顔も立ててくれながら「これは社長の方でしっかりやってね」と切り分けて話してくれるので、本当にやりやすいですね。僕らが弱いところはしっかりカバーしてくれると同時に、事業に対する思い入れで、どうしても譲れない部分があることも理解してくれるんです。
セキュアイノベーションは今年で創立10周年ですが、今後20年、30年と、本当に沖縄のITの柱になれる会社を目指すなら、どこかで会社の体質を筋肉質に変えるプロセスを絶対経験しないといけない。それを今、上場準備という形でできていると思います。
上場準備に関連する実務には社員10名ほどが加わっていますが、「1年前できなかったことが今やれる」とか「やる方向で皆が当たり前に動く」とか、短期間で文化が変わってきました。本当にいい経験をしているなと思います。
全ては「やりたいこと」のために
─ 組織として、急速に実力を増しているのがうかがえます。最後に今後の展望についてもお聞かせください。
栗田:最短スケジュールでの上場を期して、まさに走っている最中ですので、まずはやるべきことを徹底し、それを実現するのが第一ですね。
ITのトレンドは今後もどんどん変わっていくでしょうが、セキュリティの問題は常に必ず出てきます。既に当社もIoT関連のセキュリティ診断などに注力していますが、われわれの事業モデルの中で新しい領域の開拓は絶えず続け、全国、さらにアジアや世界からも外貨を得られる会社にしていくつもりです。
また同時に、沖縄でも全国でもサイバー人材が足りていない状況を解消する一翼を担いたいとも考えています。具体的には、サイバーセキュリティ人材が集まるメッカとして沖縄をいっそう盛り上げ、育成の手法を確立した上で、「地産地消モデル」として各地のパートナー経由で横展開していく計画です。こうした広がりで、上場後も求められる成長性を維持できると考えています。
山﨑:私から栗田さんへの願いは「強い思いをずっと持ち続けてほしい」という点に尽きるのですが、直近の上場に関して言うと、やっぱり組織や社員の負荷は増していき、特に審査側の都合でどんどん質問が飛んでくる直前3か月ほどは精神的にも相当追い詰められます。担当できる人が限られるからといって、誰かが1人で抱えてもダメ。どうリソースを最適化し、モチベーションを維持しつつ乗り越えていくかというところを、僕はできる限り支えたいと思っています。
とはいえ上場は、あくまでも一つの通過点。本当に大事なのはその先、本当にやりたいことまでたどり着くことです。だからこそ1日も早く上場の日を迎え、軽やかに駆け抜けられたらいいですね。
─ その日を待っています。今回は興味深いお話をありがとうございました。
(聞き手・文:相馬大輔 写真:田村秀夫)
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